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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)576号 判決 1977年1月28日

控訴人 葦原運輸機工株式会社

右代表者代表取締役 左崎充

右訴訟代理人弁護士 竹林節治

右訴訟復代理人弁護士 中川克己

右訴訟代理人弁護士 畑守人

被控訴人 全国自動車運輸労働組合大阪合同支部芦原運送分会

右代表者分会長 松浦正治

右訴訟代理人弁護士 桐山剛

同 高藤敏秋

同 南野雄二

同 鈴木康隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決及び大阪地方裁判所昭和四九年(ヨ)第二三一三号団体交渉応諾仮処分命令申請事件について同裁判所が同年八月一日付でした仮処分決定を取消す。被控訴人の右仮処分申請を却下する。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、それをここに引用する(但し、原判決三枚目表七行目の「和解」を「裁判上の和解」と訂正する)。

(控訴人の主張)

(一)  原判決は、被控訴人主張の和解条項を根拠として、本件仮処分の被保全権利を肯定した。しかしながら、該和解条項により被控訴人が具体的な団体交渉請求権を取得する筈がないことについては、すでに主張しているとおりである(引用した原判決事実摘示)。

(二)  原判決は、民法一九八条を類推適用して、本件仮処分の被保全権利を肯定したけれども、誤りである。即ち、原判決は、その説示にあたり、団体交渉権が占有権の如きいわば仮の権利程度のものにとどまるのでなく、所有権にも匹敵する権利であること、その侵害は憲法が認めず、労組法が禁ずることを根拠とするが、占有権や所有権が私法上の権利であるのに対し、団体交渉権は、すでに述べているように、使用者が国法遵守の公法上の義務を負っていることの法的表現にとどまるもので、該公法上の義務にもとづき具体的な私法上の義務を負うものでないから、民法一九八条を類推適用すべき根拠を欠く。

また原判決は、団体交渉権の侵害を禁止したからといって、使用者は少しの損害も被らないのに、侵害を放置すれば労働者は相当な犠牲を払うことになることの考慮からも民法一九八条を類推適用すべきであるというが、かくては現実の必要性を強調するに急で十分な根拠を示さないもの、或いは国法遵守の義務がその懈怠によって、使用者労働者間に具体的な私法上の権利義務を発生させるという根拠について、十分にその法理を尽くさないものとの謗を免れ難い。

(三)  本件仮処分決定は、「誠実に団体交渉をしなければならない」と命ずる。

しかしながら誠実に団体交渉に応ずる義務とは、いかなる程度、内容の団体交渉を行えば右義務を履行したといえるか、その給付内容は極めて不明確、不特定であり、権利としての具体性、特定性を欠き、到底法律上の債務と観念しえない。

本件にあって右仮処分決定後、控訴人がたびたび団体交渉を開催し、被控訴人と交渉するも妥結に到らず、一日につき金五万円の損害金の支払を命ずる間接強制が決定された後も、被控訴人の戦略により同様の経過を辿り、今日未だに妥結に到っていない事実に徴してみれば(損害金の累計は団体交渉申入金額をはるかに上廻っている)、かかる内容の不明確、不特定な仮処分決定が軽々しくなされることの弊害は顕著である。

(疎明)≪省略≫

理由

一、被控訴人が運輸労働者を中心として組織されている全国自動車運輸労働組合大阪合同支部に属し、控訴人の従業員をもって組織する労働組合であり、控訴人が従業員約一〇〇名を雇傭して運送・港運建築機械リースなどを業とすること、被控訴人が昭和四九年度夏季一時金などにつきその主張どおりの事項について同年六月六日控訴人に対し要求書を提出し、同月二六日団体交渉を申しいれたこと、しかるに控訴人が団体交渉を拒否していること、そして、右夏季一時金についての同年七月二四日現在までの経過が被控訴人主張のとおりであること、以上の事実については、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきである。

二、ところで、被控訴人・控訴人間には、大阪地方裁判所昭和四八年(ヨ)第二二二五号団体交渉応諾仮処分申請事件につき、同年一二月三日「被控訴人が今後議題を特定して事前に団体交渉の申し入れをした場合には、控訴人は団体交渉に誠実に応ずることを確認する」との裁判上の和解が成立していることは、当事者間に争がない。

右和解条項は、被控訴人が交渉事項を特定して事前に団体交渉を申し入れた場合に、控訴人はこれに応ずることを約したものと解するのが相当である。

これに対して控訴人は、右和解条項が性質上憲法二八条及び労組法七条二号の文言を確認したにとどまる旨の反論をするのである。その主張の趣旨は、「性質上」と断わっていることに鑑みると、労使間に団体交渉応諾の権利義務を成立させる合意自体が許容されないことを前提とするやに受取られる。もとより主張の法条の解釈をめぐって、成法上、労使間に団体交渉応諾の具体的権利義務を是認しうるかという点について、積極・消極の両説の厳しい対立が存することはいうまでもないところであるが、仮にその消極説に立つとしてみても、右の如き合意が公序に反する筈もないのであって、その合意の効力を否定するを相当とすべき実質的理由はもとより、成法上の根拠も見出し難く、右の前提は失当というほかない。

しかして、前叙和解は、被保全権利として、右の如く成法上具体的団体交渉請求権が是認されるか否かが議論の焦点になったと推断される裁判上の手続において成立したのであるから、その和解による合意を、控訴人所論のように、いわば単に右の点の問題状況を確認したに等しい内容の合意と解すべき特段の事情も認め難い以上、前記の如くに解するのが相当というべきである。

次に控訴人は、「誠実に団体交渉に応ずべき債務」が、その給付内容において極めて不明確、不特定であって、法律上の債務と観念しえない旨の主張をするのである。たしかにその給付内容は、債務者の内心的心情にかかわる要素を有し、しかも相手方の態度などとも関連して流動的に把握しなければならない面の存することは事実であって、その確定にはかなりの困難を伴うといってよい。しかし、給付として全く明確性、特定性を欠くとまでは、断定できないのであるから、当事者間の適法な合意に、その内容に即した法律上の効果を付与するのが相当であり、給付内容を明確にするための努力を惜しむべきではない。

してみれば、本件仮処分の被保全権利は一応認めることができるというべきである。

三、しかして、前叙一の事実に徴すれば、被控訴人申請の仮処分の必要性を肯認することができる。なお、控訴人は、必要性に関連してではないけれども、被控訴人主張の内容の和解が成立したのであれば、その和解調書を債務名義として、いわゆる本執行が可能である旨の主張をするので付言すると、前叙成立した和解の条項は給付義務を確認したにとどまるから、その和解調書は債務名義たりえないのである。

四、以上の次第であるから、被控訴人の本件申請は理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林定人 裁判官 阪井昱朗 石田真)

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